教育映画の視聴効果の調査研究

-持永只仁の人形映画上映を通して-

角 和博*1 古川 美樹*2 本村 猛能*3

<概要>戦後日本では,民主主義教育を目指す占領軍総司令部の推奨により教育映画が推奨され作品数も増え,小学校などの巡回映画も盛んだった.本研究では教育映画の意義と役割を知るために,この時期に人形映画製作所で9本の人形アニメーション映画を制作した持永只仁氏の作品の小学生の感想を中心に,当時の教育映画の視聴効果を調査した.

<キーワード>教育映画,戦後日本,持永只仁,人形アニメーション

1.はじめに

昭和14(1939)年の映画法制定により文化映画は,政治,国防,教育,学芸,産業,保健等に関し,国民精神の涵養又は国民智能の啓培に資するものと定義され,劇映画とニュース映画を除く映画の総称となった.戦後は同じ意味でもっぱら教育映画あるいは短編記録映画という用語が用いられた.

昭和18(1943)年4月5日に映画教育中央会と全日本映画教育研究会が合併し,財団法人大日本映画教育協会に改組した.当協会は昭和21(1946)年10月21日に教育映画製作協議会と合併し,財団法人日本映画教育協会に改組した.この時代は,戦中の教育内容を払拭する意図やGHQの奨励もあり,また戦前・戦中に劇映画などに関わっていた映画人が参加し,教育映画が盛んに製作された.

教育映画,視聴覚教育,ICT教育と現在まで続く教育の意義と役割について,本研究では,出発点ともいえる教育映画の児童に与えた教育効果について児童の感想文をもとに検討する.

2.文部省の教育映画導入の期待

財団法人日本映画教育協会は,昭和22(1947)年2月に「映画教室」創刊し,昭和26(1951)年4月に「視聴覚教育」と改題した.昭和55(1980)年4月1日に名称を「財団法人日本視聴覚教育協会」と改称し,平成24(2012)年4月1日一般財団法人に移行した.

 GHQは占領政策の一環として文部省に映画教育に関する制度や組織の整備を要請し,ナコト(National Company製)映写機や数百種類にわたるCIE映画フィルムなどの資源を大量に投入した.このCIEとは民間情報教育局(Civil Information and Education Section=CIE)が推進した16ミリ教育映画による民主化促進プログラムのことである.国内では戦前・戦中から文化映画として教育映画は推進されており,国内の映画製作の人的資源は確保されていた.これに対してCIE映画は簡単な字幕はあるものの必ずしも日本の子どもたちには受け入れられにくかった.このため日本の子どもたちにふさわしい教育映画の製作と普及が望まれた.当時の文部省の教育映画に対する期待は大きかったと思われる.

3.持永只仁の人形アニメーション映画

 持永只仁は,戦前・戦中に芸術映画社で瀬尾光世のもとで「アリちゃん」や「桃太郎の海鷲」などのセル画のアニメーション映画を制作していた.終戦直前に満州映画協会に移動して戦後の8年間を中国で過ごした.その間に中国の映画制作関係者にアニメーション映画や人形アニメーション映画の制作技術を伝えた.1953年に帰国した.この時期は教育映画の制作が盛んに行われおり,また新しくテレビのCM制作が始まりつつあった.アニメーションや人形アニメーション制作は短編であれば製作費も抑えられて,教材やCM制作に向いていたといえる.

 持永らは,1956(昭和31)年に人形映画製作所を設立して「瓜子姫とあまんじゃく」を制作した.その後1959年までに9本の文部省選定の教育映画として人形アニメーション映画を制作した.

4.「こぶとり」のあらすじ

 持永の作品はどれも原作と異なる展開である.たとえば「こぶとり」(1958年,21分)のあらすじは,民話の内容と意地悪爺さんが頑固な爺さんで,人の好い爺さんは瘤が2つになった頑固な爺さんを最後に助けて鬼に瘤をとってもらう展開になっている.持永作品では,人間のもつ素直さ,正直さ,優しさが基調となっていることが特徴である.

5.児童の感想の結果

 学映画会に参加した105人の児童へのアンケート調査の中に「こぶとり」のどこが面白かったを聞く項目があり,それを6項目にまとめてグラフ化したものが図1である.

図1 映画の面白かったところ

鬼とお爺さんが躍るとことや良いお爺さんか悪いお爺さんを助けるところなどの原作から改変した持永の演出場面の印象に残っていることが分かる.持永が演出した人間のもつ素直さ,正直さ,優しさなどが児童に届いていることが分かる.

6.児童の感想文

6年のH.Yさんは,「今日の映画会について」という次のような感想文を書いている.なお,分析の都合上,一文ごとに記号を付した.

a.今日先生が映画をやってくれました.

b.どんな映画かと楽しみにしていたら,みんな漫画でとても面白いと思いました.

c.やった映画は二つで,「こぶとり」と「ふしぎなたいこ」でしたが,私はこぶとりじいさんのお話の方がよけいおもしろかった.

d.おじいさんは鬼にこぶを取ってもらいますが,その時の鬼の踊りや格好がとても面白く私も一緒に踊りたくなるようでした.

e.また一番おしまいに悪いおじいさんのこぶも取ってもらってあげて本当に偉いと思いました.

f.この映画は,このあいだ観た漫画と違って,お人形さんが出てきますが,どうやって動かすのか不思議です.

g.少し動き方がおかしいけど,このあいだの漫画より本当に人がやっているみたいでいいなと思いました.

h.また今度先生がやってくれると言いましたが,今度はもっと沢山やってもらいたいと思います.

i.そしてこぶ取りみたいに昔話がたくさんあると良いと思います.

7.感想文の分析

上記の6年のH.Yさんの感想文をKH Coderで自己組織化マップを作成したものが図2である.

図2  H.Yさんの感想文の自己組織化マップ

持永作品では,人間のもつ素直さ,正直さ,優しさが基調となっていることが,105人からのアンケート調査からも分かったが,一人の児童の感想文からも読み取れる.

H.Yさんの感想文から作成した自己組織化マップに記された記号は,感想文のaからiまでの文がどのクラスターに対応しているかを示している.dとeは,児童が持永の作品に込めた願いを受け止めて作品を楽しんでいることが現れたクラスターとなっている.fとaやbとgは,持永の映画の仕掛けに興味を持っているところであり,c,i,hは,もっと観たいという気持ちが込められたクラスターである.このように見ると,H.Yさんの感想は,しっかりと持永の作品を鑑賞し,そのメッセージを受け止めた感想であることが自己組織化マップを見ることで確認することができた.

参考文献

  • 田中純一郎,日本教育映画発達史,蝸牛社,1979
  • 持永只仁,アニメーション日中交流記 持永只仁自伝,東方書店,2006